九州・大分で、40年以上にわたってむぎ焼酎造りを営む三和酒類株式会社。
代表的な商品が〈いいちこ〉と言えば頷く人も多いだろう。
現会長の和田久継さんが山好きということもあり、山とお酒のこと、
日本の文化として根付くお酒のこと、お酒メーカーとしての展望を伺った。

《仲間同士の絆を強めてくれる、山とお酒》
三和酒類の新入社員研修にはなんと山登りの日がある。入社してすぐの4月に、由布市と別府市との境にある由布岳(別名・豊後富士)に、先輩社員が新入社員を連れる形で登りにいくのだそうだ。
「30年以上続く伝統行事です。入社して、これから切磋琢磨して働く仲間たちが、助け合いの心や目標達成のためにどう困難を乗り越えていくのかということを学ぶ場なんです。遅れている人をカバーしたり、先輩と後輩の役割が自ずと見えてきたりします」。
和田さんは地元大分県で生まれ、山好きの父親に連れられて九州の山を訪れることも多かったそう。大学では登山部には入らなかったが、野鳥の会に参加するなど、自然に親しんでいたという。


「よく登っていたのは久住山ですね。山頂でお湯を沸かして、〈いいちこ〉のお湯割を飲むのも楽しみのひとつ。日帰りと泊まりでは持っていくお酒が違うのですが、日帰りならカップの〈いいちこ〉、泊まりなら〈空山独酌〉か〈スペシャル〉。やっぱり仲間と山で飲むお酒は格別です。語る楽しみというのでしょうか。山なら、なおいいですね。人と人との関係を豊かにしてくれますから」。
山に登ることは「謙虚さを知ること」でもあるのだと和田さん。天気や気候に左右されることも多い登山を通じて、自らが謙虚さを再認識するだけでなく、一緒に登ることで仲間同士の関わり合いからくる謙虚さも学ぶことができるのだという。それは、三和酒類の社是に『おかげさまで 美しい言葉 謙虚な心 丹念に一念に』という言葉としても受け継がれているのだ。

《本物の焼酎作りの基本を学ぶ〈焼酎道場〉》
和田さんにはひとつ、念願だったことがある。それが〈焼酎道場〉だ。
「お酒を手造りする楽しさや神秘性を、社員みんなに触れてほしいと考え、小さな酒蔵を造ってしまいました(笑)。〈いいちこ〉をはじめ、三和酒類で作るお酒は規模も大きく、それぞれの製造工程は専門職のようなもの。また、営業など直接お酒造りに関わらない社員もたくさんいます。一貫して、お酒造りを体験でき、その楽しさや素晴らしさを知ることができたら、と考えた結果が〈焼酎道場〉だったんです」。
〈焼酎道場〉が完成したのは2018年9月。5〜6人が1チームになり、3週間かけて研修を行う。まずは50キロの麦を洗うところからスタート。実際に工場で生産している工程をすべて体験することができるのだ。麹づくりから、一次発酵、さらに麦を追加して二次発酵、蒸留、濾過まで行い、3週目にはラベリングして工程が完了。その後3年間(!)貯蔵庫で寝かせて完成だ。


「1人6本ずつお酒を造ります。瓶のラベルデザインは自分で指定できるので、家族やお子さんの顔を描いたりする社員もいますね。細かい水の量や繊細な発酵の温度といったお酒造りの難しさだけでなく、発酵という神秘的な現象に直に触れたり、部署や年齢、性別も異なる社員たちのお互いのコミュニケーションの場にもなったり…。今は90人分のお酒が保管されていますが、みなさん想像以上に楽しんでいるようで、ホッとしています」。
麦を洗うときの手の感触、蒸すときの匂いを体で感じることで、お酒造りの素晴らしさを再認識できる。そんな原点に立ち返ることのできる場所が〈焼酎道場〉なのだ。

《世界に発信する日本の麹文化》
近年は〈いいちこ〉の海外展開に力を入れている。これまでは日本食レストランなどに提供していたが、ローカルのバーなどにも着目し、海外向けの商品も開発。〈TUMUGI〉は、アルコール度数が40度と高めのカクテルバー仕様。焼酎の味わいを残しつつ、柑橘類の香りのするスピリッツに仕上げた。瓶もスッと高く、握りやすく注ぎやすい洗練された形状だ。
「世界中にはさまざまなお酒がありますが、麹から造られる焼酎は日本ならではのもの。つまり、麹=日本の文化なんです。海外の文化やトレンドにあわせたお酒を開発して、〈麹プロジェクト〉として広めていきたいと思っています」。


三和酒類のウェブサイトには『世界のお客様に私たちの伝統と革新のものづくりを通じ、独創的な価値をお届けしていくことで、人と人、人と自然との関係を豊かにする』とある。長年にわたって愛されつづけてきた三和酒類のお酒は、日本全国、そして世界へと羽ばたいていく。その根底には、自然から生まれるお酒への謙虚さ、社員が一丸となってお酒造りに取り組み、文化を伝えていくという真摯な姿勢がある。〈いいちこ〉が誕生して今年で40周年、まだまだ通過点なのだ。

《アップデートしつづける〈焼酎文化〉を牽引》
〈いいちこ〉をはじめとする、三和酒類が製造する焼酎文化をさらに広めようとしているのがマーケティングやイベントを手がける幡手剛さんだ。昨年からフェスにもブースを出店。フジロックではレッドマーキーのステージ前で音楽を楽しむオーディエンスに〈いいちこ〉を提供した。
「焼酎ときくと、年配の方が飲むお酒というイメージもあります。でも、若い人にももっと楽しんで欲しいし、焼酎の美味しさを知ってほしいんです。今年で出店は2年目になりましたが、はじめはフェスにブースを出したこともなかったので、すべてが手探りでした。ステージの切り替えのタイミングでお客さんが押し寄せるのに対応したり、真夜中までつづくタイムテーブルに対応するためにスタッフを交代制にしたり。おかげさまで予想以上に好評をいただくことができました」。


幡手さん本人も田舎育ちなので大のアウトドア好き。日頃は朝晩のウォーキング、出張時にもできるだけ歩き、基礎体力のキープを心掛けている。今回も取材で大分にきたのならと、本社の近くにある福貴野の滝へとご案内いただいた。
「歩くのはほんのちょっとなのですが、大きな滝までの道のりは自然ゆたかで心が洗われるようです。大分には九重連山など、山が目白押し。デイハイクにちょうどいいトレイルが多いので、ぜひ次回は山にも登りに行きたいですね(笑)」。

私自身も三和酒類のすぐ近くで生まれ育ったので、この地域の自然の大切さを知っているつもりです。三和酒類のお酒は、地下水をくみ上げて使っているのですが、ここの水質だからこその味なんです。水はお酒造りの大切な要素です」。

三和酒類の本社周辺はいくつもの製造場が立ち並ぶが、あたりは深い森に囲まれている。かつてこの土地はみかん畑だったが、大切な水源を守るために森を造営したのだという。
「木々も植えてから数十年経つと原生林のような奥深さを感じさせます。お酒造りは自然と密接なつながりで成り立っています。この土地でうまれた三和酒類だからこそ、ずっと自然を守りつづけたいと考えています」。

ゆたかな自然があるからこそ、いいお酒を造ることができる。三和酒類のスタンスは、世界を指しつつも、地元の自然をこよなく愛し、焼酎文化としてのお酒造りに取り組む、まさに「Think globally, Act locally」を体現するものなのだ。