世界でもっとも古い砂漠、ナミブ砂漠。世界最古の人類とも呼ばれるサン人の言葉で、「ナミブ」は「何もない」という意味だそうです。砂漠の中にぽつんと建てられた一軒のガソリンスタンドとその横に売店だけがある“町”に立て掛けられた黒板に、この地域のここ数年の年間降水量が手書きで記録されてありました。
驚くべきことに、そこに記された年間降水量は少ない年だとたったの100mm程度。日本では1ヶ月で十分達してしまう量です。雨がほとんど降らない孤立した場所での生活は、私にとって想像もつかないものでした。しかし、そんな一見人間の生活の営みが存在しないような場所でも、ちゃんと人々は暮らしていたのです。
連日の野宿で全身砂まみれになっていた私たちは、久々のシャワーを浴びるためキャンプサイトとレストランが併設されている小さな宿で1泊することにしました。そこのレストランで出会った見るからに優しそうな夫婦と4人の子供たちが、そこから60km先に住んでるとのことで、通りがかる時はぜひ寄っていくようにと声をかけてくれました。
キャンプサイトから家族が住む家への道のりは、とても楽なものではありませんでした。主要道路(とは言っても車が1時間に1台程度しか通らない未舗装道)を丸1日かけて走り、そこからさらに彼らの家のみへと続く漕ぐこともままならない道を5km進まねばなりません。1時間は優にかかる砂利の道は、1日の終わりにかなり堪えます。
しかし、疲労が滲んだ顔で到着した私たちを家族そろってあたたかい笑顔で出迎えてくれた彼らを見て、ここまで来た甲斐があったとすぐに感じました。彼らの家はそのとき改築中だったため、家からさらに100mほど行った大きな木の下で、テントを張らせてもらうことにしました。
彼らの家は、本当に「何もない」ところにありました。地面に四駆車のタイヤの跡がある以外、人工物は360度見渡す限りありません。一番近いご近所は、そこからさらに50km。もちろん子供達が通う学校なんて存在しません。私たちは、自分たちが思い描く“一般的”な生活とはかけ離れた生活をする彼らに強い興味を抱きました。
アフリカの砂漠に暮らす人。と聞くと、民族的な黒人の人々を想像する方も多いかもしれません。ですが実際は、1990年までナミビアがドイツの植民地であった影響から、中南部ナミビアの砂漠で土地を持っている人の大半が、巨大な畜産農家を営む白人のドイツ系ナミビア人でした。
私たちを招いてくれたドイツ系ナミビア人の家族の4人の子供たちは、下から4歳、9歳、15歳、17歳で、全員母親のホームスクールで育っており、毎日家の手伝いをして過ごしています。そして、“近所”の農家の家族や子供たちと交流するのは1ヶ月に数回だけ。にもかかわらず、子供たちに内気な様子は微塵もなく、それどころか大人さながらの気の効きようと素直な純粋さを持ち合わせていました。日頃から家業を手伝ったり、世界を長年旅している子供たちに出会うと、現代社会でぬくぬくと育つ子供とは異なる鋭い聡明さを感じることがよくあります。
彼らの歴史や暮らし、また農家についてのとても興味深いお話を聞かせてもらった翌朝、長男の少年が主要道路まで私たちを車に乗せて送ってくれることになりました。慣れていなければ砂にすっぽりタイヤが埋まってしまうような凸凹道を、彼は80年代のランドクルーザーを見事に乗りこなして進んでいきます。とても17歳とは思えない落ち着いた彼は、将来この農家を継ぐ自らの意志を、私たちに語ってくれました。
自分たちが知らなかった生き方や価値観を持つ人々と出会い、彼らと共に時間を過ごすことは、いつでも私たちに強い刺激を与えてくれます。そうした多様性に触れる経験を重ねることによって、私たちの人生はより豊かになるように思うのです。