1日中降り続いた前日の雨のおかげで、服と持ち物が半乾きのまま迎えた朝。テントのジッパーを開けると、待望の青空が! 山から太陽が顔を出すのをしばらく待ち、陽が私たちの所に到達するとともに服やテントを地面に広げて一斉に乾燥を始めました。
朝食を食べながらゆっくりと太陽の光を楽しむこと数時間。濡れた持ち物がすべて乾いたことで、気持ちも装備もリフレッシュ。また旅のスタートに立ったような気持ちで、今日は奈良の奥深い山を進んでいきます。
高野山からさらに南へ向かうと、展望のよい山々を見下ろせる風景に出会うことができます。このスポットは、夜明け頃だと運が良ければ雲海を眺望できるのだとか。出発して間も無いにもかかわらず、早速パンを少し頬張ります。自転車を漕ぐと信じられないほどすぐにおなかがすくので困ったものです。
奈良の山は私にとって馴染みが深い山です。地元から車で数時間の距離なので、友人とただただ滝を見に行ったり、山の中の神社を訪れたり、川へ泳ぎに行ったり。そんな幾度となく訪れた大好きな山ではあるのですが、自転車で訪れると見える景色がずいぶん違って見えました。以前はあまり意識していなかった木の種類に注目しながら自転車を漕いでみると、いかに植林のため開拓された森が多いかに気が付きます。
ある橋を通りがかると、スギの木々から一変してまとまった雑木林に出くわしました。色は深緑一色からありとあらゆる緑色に変化し、これが自然本来の姿なのだと改めて。ただ何気なく風景を眺めているとどこも同じ森林のように思えますが、意識するだけでまったく別のものに見えるから不思議です。
こうして森林を観察しながら山道を進んでいくと、川沿いの木々は真新しい自然林であることが一目瞭然でした。そこには名もなき滝が透き通った川へと落ちていて、そのはっとする美しさに思わず足を止めました。
また自転車を漕いでいると、すばやい影が頭上を通りすぎていくことがあります。急いで上を向くと、ピーヒョロロと山に声を響かせていたトンビでした。優雅に大きな円を描きながら飛ぶタカ科の鳥たちを、これまで何度うらやましく思ったことでしょう。
次は川の流れる下方を見てみると、浅瀬で釣りをしている男性を見かけました。どんな魚が釣れるのでしょうか? 斜面の傾斜がきつい集落もない奈良の山奥では、とてもゆっくりと時間が流れているようです。
一見生きいきとした自然溢れる山でも、実際は至るところに人の手が加えられています。植林、ダム、その建設のために利用する林道、そしてコンクリート詰め。それは建設時期も手法も本当にさまざまです。昔よく訪れたとある村の近くに差し掛かったときには、非常に大規模な山の法面と河川の護岸が建設中でした。あまりにも“綺麗”に整備され、もはや原型を留めないその風景に呆然としてしまいました。
人の手を加えることで、将来起こりうる斜面の崩壊や川の増水を防ぐことはできるかもしれません。しかしさらに長い目で見たとき、それが自然の生態系にどれほどの影響を結果的に与え、いつか深刻な問題として降りかかってくるかもしれないことも決して忘れてはいけません。自然と人がバランスよく共生していくこと。そのことについて深く考えさせられることとなった奈良の旅でした。