ケープタウンの自宅を自転車で出発し、カラハリ砂漠とナミブ砂漠をひたすら走り抜けた約2ヶ月。この地域のキャンプサイトやゲストハウスは比較的裕福な人向けの値段設定のため、2日以上のまとまった休息日を取らずに移動を続けました。
まだ旅の序盤ということもあり、無理のない移動をしながら路上生活をすることに慣れていなかった私たちは、どこか一定の場所に少し落ち着きたいという思いが芽生えていました。そんな時たどり着いたのが、ナミビア北部にあるとあるキャンプサイトでした。
「とてもユニークな場所だから、絶対に立ち寄ったほうがいいよ」と、ここまでの道中で出会った旅人たちから何度も勧められていたこのキャンプサイト。しかしそこまでの道のりは決して楽なものではなく、4kmの深い砂の道を押して進む必要があり、おすすめされていなかったらわざわざ行かなかったかもな、と思うような場所にぽつんとキャンプサイトはありました。
くたくたになってキャンプサイトに到着すると、フレンドリーな地元のスタッフが私たちを笑顔で迎えてくれました。旅人がこぞってここを訪れる理由は、そのロケーションを見ると明らかでした。キャンプサイトは豊かな動植物が生息するオカヴァンゴ川に沿っており、対岸は野生動物の宝庫であるサファリになっています。
昼間川沿いを歩いていると、クロコダイルやカバの群れが川にぷかぷか浮かんでいる様子がしばしば窺えます。そして夜になると、アフリカゾウやライオンなどの雄叫びが聞こえてくるのです。テントのなかで寝袋に包まりながら、暗闇に響く動物たちの声に耳を傾けることができるなんて、なんとワイルドで貴重な経験なのでしょうか。
翌日、広いキャンプサイト内を散歩していると、敷地の一番奥に野菜を育てる小規模のファームを見つけました。スタッフである地元の青年に聞いたところ、野菜が極端に育ちにくい砂漠環境のなか、キャンプサイトでゲストが食べられる程度の野菜を育てようと最近作られたファームのようです。そこでは化学肥料に頼らずオーガニックで作物を育てるため、生ごみや家畜の糞などの有機性廃棄物からつくる堆肥(コンポスト)を作りかけている途中でした。
ちょうどその当時、コンポストに関して強い興味を持っていたエリオットは、気付けばスコップを手に取り、翌朝から土を掘り出し始めました。そしてその日は運良く、南アフリカ人のオーナーがキャンプサイトを訪れる日だったのです。こうして私たちは自然な流れで、このキャンプサイトで1ヶ月間のボランティアを始めることになりました。
日中の作業時はじりじりと照りつける太陽がとても熱いのですが、日が暮れるとダウンジャケットを羽織らないと寒いくらい気温が下がります。まさに“砂漠”といった気候です。けれどもその寒暖の激しい差からか、早朝のオカヴァンゴ川の水面には水蒸気が立ち込み、とても幻想な風景を生み出します。
そして作業中にしばしば私たちの目を奪うのが、あらゆる種のカラフルな野鳥たちです。仲良くなったスタッフの青年は野鳥のガイドもしており、私たちがどこに鳥がいるのか分からないほど遠い距離であっても鳥の特徴を裸眼で捉え、私たちに鳥の名前を教えてくれます。
コンポストを作るために必要な材料は、キャンプサイトの周囲の環境からすべて無料で手に入れることができます。干し草は辺りを見回せばそこらじゅうに生えており、家畜の糞は周囲の村にいくらでも転がっています。身の回りにある素材を使って、砂漠の乾燥した土を肥沃な土に変えることができれば、地元の人々もより栄養価の高い作物を自分たちで育てられるのではないか…。そんな思いを胸にボランティアを続けました。
周囲の村々から徒歩でこのキャンプサイトへ働きに出ている地元の人々と共に働いた短い1ヶ月間は、私たちにとって試行錯誤の連続でした。彼らと私たちの価値観や考え方の違い、厳しい環境のなかで彼らが直面している現状、アパルトヘイトの名残といえる格差社会。実際に目で見て、状況を知れば知るほど、物事は私たちが頭の中で想像するよりもずっと複雑なものでした。
この1ヶ月間で成し得たことは何か。こんな短期間で出来ることなど、通りすがりの私たちにはほとんどないのだ、ということが今ならよく分かります。だけど唯一成し得たことといえば、心を開けるような友人が現地に出来たことです。
私たちのように地球の裏側を自由に旅することが非常に困難な彼らが、「また必ず戻ってきてね!」と何度も言いながら私たちの姿が見えなくなるまで手を振ってくれたことは、きっとこれからも忘れることはないでしょう。