年末年始の長期休暇を利用して訪れた、南アフリカ共和国東部に位置するドラケンスバーグ山脈。「竜の山々」という名称のとおり、1000kmにも及ぶ長く雄大な山脈です。私たちが住んでいたケープタウンからは車でなんと約18時間。南アフリカの国土の大きさを体感させられるロードトリップとなりました。
トレッキングのスタート地点はムエニ村という小さな村で、そこにごく一般の一軒家のようなムエニ(Mnweni)文化登山センターがあります。普段は個人での自由なトレッキングを好む私たちですが、今回のトレイルは部分的にとても分かりづらく、また登山センターとガイドは完全に地元の村のコミュニティのみで成り立っているということから、ガイドを一人お願いすることにしました。登山センターには夕方到着し、気さくなスタッフのおじさんにその旨を伝えると、すぐにガイドの一人に電話をし、翌朝にはセンターまで迎えに来てくれるとのことでした。
予定どおり、早朝にガイドのマルコスさんを迎え、3000mまで高度を上げる4日間のトレッキングへ出発。反り立つ山脈を目前に眺めながら、まずは平坦な放牧地を進んでいきます。
突然ですが、レソト王国という国を皆さんご存知でしょうか? レソト王国は、南アフリカ共和国内にすっぽりと埋まっている小さな国で、このトレッキングの特徴的なところは、山の頂上に到着すると南アフリカ共和国ではなくレソト王国になるということです。しかしレソト王国全体が急勾配の山で囲まれているため、いくつかのチェックポイントはありますが、きちんとした国境があるわけでもありません。
山の向こう側の異国の地に想像を馳せながら、高度を少しずつ上げていきます。ドラケンスバーグ山脈一帯は年間を通して雨量が多く、凄まじい嵐が多いことでも有名なため、雨雲が近づいてくるのを見兼ねて初日は早めに切り上げることにしました。
今回のトレッキング中の寝床はずばり、洞窟です。一度山を登り出すとテントを張れるような平らな場所があまりないことと、嵐の強風を安全に妨げられるのも洞窟の中だとマルコスさんは言います。
それもそのはず。洞窟内には、初代人類ともいわれるサン人が描いた洞窟壁画が今でも至る所に残っています。想像できないほど昔々、サン人がこの洞窟を住居として暮らしていたと考えながら寝袋に包まると、何だかタイムトリップしたような気分になりました。
頂上までの登り坂は傾斜が強く、道なき道をぐねぐねと登ります。トレイルは確かにあるのですが、問題は地元の牛飼いの人々が使うトレイルと混ざり合っていること。そのため、誤ったトレイルを辿ってしまう可能性は大いにあり得ると感じました。
その後半日かけて登り坂を登りきると、それまで下から眺めていたドラケンスバーグ山脈の全貌が明らかに。頂上が削られたように平坦な尾根を、見渡す限り一望することができます。
驚くのはこれだけではありません。頂上からさらに奥へ進むと、そこには緩やかな草原地帯が広がっていたのです。そう、ここがレソト王国です。国土の多くが標高3000mを越えるレソトは、まさに雲の上の神秘的な王国のようでした。
だだっ広い草原を歩いていると、大きな鳥が頭上を徘徊しているのが見え、それに興味を示した私たちに気付いたマルコスさんがある場所へ連れていってくれました。
そこは、ハゲタカの隠れた住処がある断崖絶壁でした。こんな間近で巨大なハゲタカを見たことがなく、時間を忘れて必死にカメラのシャッターを切る私たちを、マルコスさんは嬉しそうに眺めていてくれました。
緑豊かな美しいドラケンスバーグ山脈は、一見すると平和そのものに見えます。しかし、南アフリカ共和国とレソト王国の間では大麻の密輸出入が盛んに行われ、それを原因とする村間の確執があったり、生活の困窮から家畜の盗難被害があることも事実です。ですが、個人レベルというと、南アフリカ共和国の人々もレソト王国の人々もとても穏やかな人柄で、自然と共に生き、山を心から愛していることは確実に共通しています。
私たちが4日間でトレッキングをしたのはドラケンスバーグ山脈のほんの一部ですが、まだまだ冒険しがいのある山であることは間違いないでしょう。