自転車旅出発前の南アフリカ生活最後の週末。本来なら荷造りとアパートの片付けに専念すべきだったのですが、まだ行き残しているあのスポットにどうしても行きたい!ということで、荷造りをほったらかして出掛けたのが “Die Hell”という場所。南アフリカの公用語であるアフリカーンス語で “Die” は “The” の意味なので、その名も“地獄”。ネット上の情報もなく、地元の人もほとんど行ったことのない”地獄”とは、どんな所なのでしょうか?
ケープタウンを一旦出ると、大規模農園が延々と続く一本道に景色は一変し、この景色が旅のはじまりを彷彿させます。カーステレオから流れる70~80年代の南アフリカの軽快な音楽が、高まる気持ちをさらに盛り上げます。
“Die Hell”はセダルバーグ山脈の南西部に位置し、状態の悪い未舗装路をしばらく行ったところに車を停め、そこからトレッキング開始です。パーキングには小さな自然保護センターが一つあるだけで、サインも特にありません。歩き始めは、セダルバーグと似たような岩と草むらの道が続きます。
このトレッキングの第一の魅力は、トレイル沿いにある自然のプールです。プールの底まで見えるほど透き通った新鮮な水は、フィルターなしでそのまま飲むことができ、水浴びをせずにはいられない気持ちになります。エリオットに至っては、毎時間ごとに現れる素晴らしいプールにいてもたってもいられず、プールを見つける度に裸でダイブしていました。
また、セダルバーグ山脈の北側にあるロックランドという地域は、世界でも有数のボルダリングスポットなこともあり、セダルバーグ山脈全体で奇形な岩によく遭遇します。どういった自然の過程を経て、岩がこのように形成されたのだろうと思いを巡らすのも、トレッキングの楽しみの1つです。
しかしさらに歩き進めると、そういったカラフルな自然の風景から一転、辺り一面がモノクロの風景に。南アフリカの気候は非常に乾燥しているため、森林火災が多いことで有名なのですが、この年は例年に比べ気温が高い上に雨が少なく、各地で大規模な山火事が発生していました。
山火事は人の住んでいない地域に限らず、私たちの自宅の窓から見えるケープタウン市内にある山や、キャンプやクライミングで有名なシルバーマイン近辺では山から民家へ火が燃え移り、家を失った人も沢山いました。
森林火災は、南アフリカの山の森林循環のために必要なものです。しかしガラスの破片や吸い殻などから引き起こされた人的な火災や、異常気象による頻度の高い火災は、自然の生態系にデメリットを与えるのは確かです。すべてが灰となったモノクロの風景は、まさに“地獄”の予兆のようでした。
翌朝、ついに“Die Hell”を目指します。すると突然、ほぼ平坦だった道に変化が現れ、100mほどの巨大なホールのような窪みに到着しました。そこから急な絶壁を下っていくと、その先には金色に輝く湖と滝が。
信じられないほど美しい光景に、思わず圧巻。窪みの中はとても静寂で、水の音だけが反響しています。私たちが見た“Die Hell”は、地獄ではなく、実際は天国のような場所だったのです。
ケープタウンでの最後の週末は、最高のトレッキングで幕を閉じました。次回南アフリカを訪れたときも、どうかこの手付かずの素晴らしい大自然が形を変えず残りますように。と心から願うばかりです。