南アフリカの旅が終わりに近づいているのは、辺りの風景からして明らかでした。青々とした緑の草むらは小さな石の転がる砂地へと変化し、私たちの横を通り過ぎる車の数もめっきり減って、気づけば私たちは道路のど真ん中を悠々と走っていました。自転車旅の第2カ国目、ナミビアへ突入です。
ナミビアは南アフリカの北西に位置する、国土のほとんどが砂漠という極度に乾燥した国です。砂漠というだけあって水が非常に乏しく、作物もほとんど育ちません。そのため、ナミビアの国土面積は日本の約2倍もあるにも関わらず、人口はたったの250万人だというから驚きです。この数字から、ナミビアの人口密度がいかに低いかをご想像していただけるでしょう。
南アフリカとナミビアの国境は、雨が1mmも降らない乾季でも絶えず流れ続けるオレンジ川(Orange River)で隔たれており、南部ナミビアの貴重な水源となっています。自転車で初めて国と国を越えたその日、私たちはオレンジ川沿いにあるキャンプサイトで優雅なひと晩を過ごすことにしました。しかしまさか、その後1000km以上も川という川に触れることがないとは、このとき思ってもみませんでした。
日本で育った私にとって「川」の存在はごく身近なものですが、ナミビアでは決してそうではありません。国に数えるほどしかない川に沿って、人の暮らしが形成されていることがよく分かります。それは私たち人間に限らず、他の生き物たちにとっても同じです。キャンプ地から見える穏やかな水面を、見たこともないようなカラフルな鳥たちが絶えず飛び抜けていきます。
そんな楽園のようなロケーションにあるキャンプサイトを出ると、辺りの景色は一変しました。左手には川の水を利用した富裕層向けのワインファーム、そして右手には火星としか表現しようがない無機質な岩山。その対照的な風景と、肌がじりじりと焼けるような重苦しい暑さが、これから私たちを待ち受けている旅の厳しさを物語ってるようで、私は少し不安になりました。
ナミビアの道は、私の肉眼で見える限りずっとずっと先まで続いています。この果てしなく続く道を、砂にハンドルを取られながらひたすらゆっくりと進むことで、自分の小ささと儚さを感じると同時に、普段は意識しづらい「地球」という大きな存在に気付かされます。
砂漠での野宿は、水と食料さえ十分に持っていればどこでも快適なキャンプ地です。一筋の電気の明かりも、人工物も何も見受けられない大地では、人の目を気にする必要はどこにもありません。国境で出会った南アフリカ人のニルに倣って、日が暮れる前のヨガを楽しんだあと、いつものように夕食を作り始めました。
太陽が山の奥に沈むと、気温は一気に下がります。その頃合いを見計らってテントを張り出し、もう暗くなるまであと数分…といったとき、急に辺りが明るくなった気がしました。しかし気のせいかと思い、そのままテント設置作業を続けていると、空がどんどん明るく、黄色い光に包まれていくではありませんか。さっきまでほとんど見えなくなっていたテントが、今ではくっきりと見えているという頭で理解できない事実に、その場にいた全員が言葉を失いました。
まるでまた日が昇るかのように空一面がオレンジ色になり、明るさはさらに増していきます。その状態が続くこと5分。こんなにも神秘的で、永遠に続くような一瞬の時間を、これまで経験したことがあったでしょうか?
砂漠で連日野宿をしていると、しだいに服と体は砂埃でまみれ、限られた水を常に意識しなければならない苦労が付き纏います。しかし、1日の終わりに深い静寂のなかで観る自然の織りなすショーは、なぜ私がここにいるのか、はっきりと語りかけてくれているように思います。