アフリカ大陸、自転車の旅の5カ国目は、アフリカ南東部に位置するマラウィ共和国です。南アフリカで暮らし始めるまで、私自身マラウィという国名自体聞いたことがなかったような比較的マイナーな国ですが、この国で過ごした1ヶ月半が今の私たちに大きな影響を与えてくれました。特に目立った観光産業があるわけでもないマラウィで、私たちはいったい何を感じ、どんなことを経験したのでしょうか?
ザンビアからマラウィの国境を越えた頃にはすでに夕暮れ時で、出来るだけ早くその晩の寝床を見つける必要がありました。普段であれば、人気の少ない場所を見つけて野宿をするのですが、マラウィに入国した途端どこもかしこも家や畑ばかりです。次のゲストハウスがあるような村はずいぶん先だったので、さてどうしようかと辺りを見回しながら自転車を漕いでいると、一人の男性が道の脇に立っていました。
その男性は私たちを見るなり、優しさが滲み出る笑顔で私たちに明るく挨拶しました。道ゆく人のほとんどが通りすがりに声をかけてくれるのですが、なぜかその男性に目が止まりました。「彼の家に泊めてもらえるか聞いてみようか」と私とエリオットは相談し、来た道をすぐに引き返して、庭にテントを張らせてもらえないかと訪ねました。
するとその男性は、迷うことなく「もちろんいいよ!」と即答。私たちの直感は間違っていなかったようです。とても穏やかな雰囲気のその男性は、奥さん、おばあさん、子供3人と一軒家で暮らしており、彼の家族を私たちに紹介した後、家の近辺を案内してくれました。
まずは水汲み。庭には立派は井戸があり、そこから水の入ったバケツをロープで引っ張ります。ロープの長さからして相当な深さであることが想像でき、それを1回ごとに引っ張りあげるのはなかなかの重労働です。そして驚くのは、水の色が鮮やかなオレンジ色だったこと。井戸を形作ったレンガや周辺の土を見れば明らかですが、彼らの飲み水と生活用水は完全にこの水を利用しています。透明な水が蛇口をひねれば出てくる生活に慣れた私たちにとっては驚きですが、よく見れば水の透明度は高く、土壌が有害物質で汚染されていない限りは意外と純水なのかもしれません。
その後彼は、家の真向かいの道路を渡った先にある彼の“職場”へ私たちを連れていってくれました。彼の仕事は、自分の土地の粘土を掘り出し、型に入れ、それを釜で焼き固めてレンガを作る仕事です。そのときは5、6人の男性がそこで働いていました。言葉どおり、粘土を手作業で掘って、長方形の型にはめていく作業です。
周囲を見回してみると、周りの家すべてがそのオレンジ色の粘土を使ったレンガで建てられており、家と土の色が同化していることに気が付きました。本当に身の回りの自然素材を使って、生活に必要なものを自分の手で作るということは、今の私たちが暮らす近代的な社会のなかではもうめったに見掛けません。例えば日本の家の木材は海外からの輸入が大半を占めていたり、多くの化学素材が使用されています。そういったなか、マラウィの家の素材がどこからやってきて、どうやって作られているかは、見ただけで一目瞭然です。そんな当たり前のことが、私にとってはとても衝撃的でした。
しかし、個人単位で素材を採取し自らの手で作る方がいいかというと、そういうわけでもありません。後から知ったことですが、大きな釜でレンガを焼き上げるこの手法には大量の薪を燃やす必要があり、それが原因の一部となって深刻な森林破壊がマラウィで引き起こされているのも事実です。「物事は頭で考えるよりもはるかに複雑に絡み合っている」。それは、そのことを実感した最初の出来事でした。